アルバムというフォーマットはもう死んだのか

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音楽にさしたる興味がない人でもアルバムという形式を知らない人はいないのではないでしょうか、長らくポップミュージックにおいて使われてきた形式ですが、今日YouTubeの台頭やSpotifyなど各種ストリーミングサービスの普及によって聴き手とミュージシャンをつなげるアルバムという作品のあり方が大きな変貌を遂げ始めています。

そもそもアルバムとは?

Wikipediaを参照すれば最初期のアルバムについての詳細な解説を見ることができます。
一般的にアルバムとはCDやカセットあるいはデジタルダウンロードに録音された曲の集合という認識で問題ないでしょう、収録時間はCD2枚組の長尺から場合によっては30分程度しかないものまでその幅は実に様々です。

コンセプトアルバム

とここまでアルバムの定義について簡単なおさらいをしましたが、アルバムが内包する作品性や芸術性を語る上で「コンセプトアルバム」という概念を話さないわけにはいきません、もともとアルバムは曲の集合であるという一般的な定義上「シングル曲」を寄せ集めたモノでしかないわけです、そんな状況の中ミュージシャン達はアルバムという形式に「シングルの寄せ集め」以上の価値を見出すためにアルバム全体に通底した世界観や雰囲気を持った「コンセプトアルバム」が登場します。

最初に世界で知られるようになったコンセプトアルバムはThe Beatlesの”Sgt. Peppers Lonely Hearts Club Band”とされています、このアルバムはビートルズの4人が架空のバンドに扮してライブを行うというコンセプトに基づいていて、曲同士が繋がっていたり途中にリプライズが挿入されていたりと、のちのコンセプトアルバムを規定するような構造を示しています。

The Beatles – Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Take 9 And Speech)

The Beatles-Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band

また、イギリスのプログレッシブロックバンドPink Floydの狂気(原題:The Dark Side Of The Moon)は70年代の名盤として、またコンセプトアルバムのオールタイムベストとしても度々挙げられます。このアルバムは、デヴィッドギルモアのアンビエントなギターが心地よいイントロから名曲Timeでピークを迎え、そのまま一連の流れでEclipseへとつながり完結します、曲同士の境目は非常に曖昧で、それぞれの曲はあくまでアルバムを構成しているひとつのパーツとして機能しています、そのためよりアルバムをひとつの作品として捉えるコンセプトアルバムとしての赴きが強いです。

Pink Floyd – Time (2011 Remastered)

Pink Floyd-Time

Appleがアルバムを殺したのか

これまで多くの人はCDを買ってそれをプレイヤーで再生するという聴き方をしてきましたが2000年代に入ってからそれらの媒体も大きく変化していきます。
まずはなんといってもAppleによるiPodとiTunesのリリースです、このメディアによって聴き手は何百曲、何千曲にも及ぶ膨大な数の楽曲をポケットサイズに収めることができるようになったし、音楽をより自分たちにとって身近なものにしました、故スティーブ・ジョブズは青春時代をヒッピーとして過ごした自他共に認めるロックマニアであり、音楽を愛する聴き手の1人であったことは確かです。
しかしiTunesはシングル曲だけでなくひとつの作品として完成されているアルバムですらバラして買うことを可能にし、朝のランニングにピッタリなiPodのシャッフル機能はコンセプトアルバムというひとつの作品の概念を壊すものでした。
例えば、The BeatlesのSgt.Peppersの1曲目”Sgt.Peppers”から2曲目”With A Little Help From My Friend”に入る際、観客の歓声が挿入されそのまま継ぎ目なく繋がっていきます、しかしiPodのシャッフル機能を使ってしまえばその流れは断ち切られ、極端な例えをすれば一曲目の”Sgt.Peppers”からなんの脈絡もなくDavid Guettaの曲が突然流れ出す可能性だって否定できないのです。
多くのミュージシャンや聴き手はAppleの技術力によってたくさんの恩恵を享受してきましたが、残念なことにアルバム、少なくともコンセプトアルバムだけはそうはならなかったようです。

アルバムであり続ける意味

このように、聴き手の変化がアルバムという形式の衰退を招きましたが、そんな中でもアルバムというひとつの作品が持つ意味に価値を見出しているミュージシャンもいます。
イギリスのダブステップを代表するSkreamはFact Magazineに対するインタビューで多くのDJがアルバムと言わずにミックステープと表現することを、大まかに「アルバムに対するプレッシャーがある」ことや「ミックステープという言葉を使えばクールに聞こえる」から、という解釈をしていて、その上でアルバムの意味や価値に対して以下のように言及しています。

アルバムはすごく重要だ。アーティストが何をどうするかにもよるけど、俺にとってはアルバムは重要だ。その理由は、アルバムにはある種の構造があるからであって、トラックをただ公開することとは違う。

現代の多くのDJやプロデューサーがSoundCloudなどのサービスを利用し、ゲリラ的にインターネット上で音源を公開するという創作スタイルは、結果的にアルバムが持つ価値を軽視することになりました、しかしながら敢えてアルバムの持つ作品性にこだわり続けたり、そのような創作スタイルとアルバムに明確な線引きを引いているミュージシャンはSkreamをはじめとしてまだまだ残っています。

また、2015年のグラミー賞でプレゼンターを務めたプリンスが現代のダウンロードやストリーミングの普及した状況を皮肉交じりにスピーチし、アルバムの持つ作品性や芸術性について訴えました。

Albums…Remember those?
Albums still matter.  Like books and black lives, albums still matter.  Tonight and always.

グラミー賞が全てでは決してありませんが、この賞は間違いなくアメリカのみならず世界で最も衆目を集める音楽賞ではないでしょうか、毎年発表される”最優秀アルバム賞”はその名の通りその年の最も傑出したアルバムを選ぶ賞ですが、同賞は80部門以上あるグラミー賞の中でも誉れ高い主要4部門のひとつであります、このことからもいかにアルバムという形式が重要視されているかが見えてくるのではないでしょうか。(関連記事:グラミー賞ってなに?

アルバムは死んだ…更新され続ける表現方法

アルバムが持つ作品性や芸術性は、ストリーミングやダウンロードなどメディアの変化が起こってもそれらとは別に残りつづけるでしょう、しかし時代の趨勢としてアルバム、とりわけコンセプトアルバムという形式は縮小の一途を辿ることが予想されます、しかしそれを時代の前進と捉えずに悲観することは少し早計ではないでしょうか?
シカゴ出身のヒップホップミュージシャンであるKanye Westを例にとってみましょう。彼のアルバム”The Life Of Pablo”は当初、定額制音楽サービスTIDALでのみリリースされていましたが現在では各種ストリーミングサービスにてリリースされています、このアルバムの驚くべきところは未完成の状態(といってもアルバムとしての体裁は整っている)でインターネット上にアップロードされ、Kanye West自身がアルバムの内容を都度アップデートするという手法がとられています。収録曲の”Wolves”ではSiaとVic Mensaが参加しているバージョンに更新されていたり、新たなミキシングやマスタリングが施されたり、アルバムをひとつの完成された作品ではなく常に変化するアートとして捉えた今作は間違いなくアルバムという概念を次のレベルに押し上げてしまったのではないでしょうか。
また、同じくヒップホップミュージシャンのDrakeはアルバム”More Life”をアルバムでもミックテープでもなく”プレイリスト”という位置付けでリリースしています、今作品はアルバムよりごちゃ混ぜで気軽な雰囲気ですがミックステープよりは作品としてまとまっているような雰囲気があり、両方のバランスがうまく取れたハイブリットなスタイルに仕上がっています。

このように、現代のミュージシャンはアルバムという形式に対して固執するわけでもなく常に次の段階の表現方法を模索し続けています、とりわけ音楽業界全体を見てもヒップホップというジャンルはアルバムに対する表現を含めて常に新しいことが起こっているように思います。
この先アルバムという概念がどうなるかは全く予想はつきません、もっと新しい表現が登場するかもしれないし意外とコンセプトアルバムという原点に回帰するかもしれません、しかしストリーミングサービスなどが爆発的に普及しこれから視聴するメディアや方法が大きく変化し続けることは間違いありません、その中でミュージシャンと聴き手の両方がその環境の変化に合わせて進化を遂げたり適応することが要求されるのではないでしょうか。

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