ビートルズのアルバム別おすすめ曲|前期編(1962~1964)

ビートルズ初期(1962〜1964)の概略

このビートルズに関する記事を書くにあたって、雑誌やテレビではもちろんのこと、このネット上においても、ビートルズというバンドは幾度となくそれらのテーマやモチーフにされてきたわけであるから、はっきり言ってしまうと、このサイトで今更ビートルズの事柄に関して取り上げる必要性はあるのか?と感じていました。というわけもあって、このサイトでビートルズを取り上げる際には、例えば「インド」というキーワードを主眼として、少し別の切り口から紹介してみたり(記事はこちら)、「サイケデリック」という彼らがそのキャリアにおいて一時期傾倒していたジャンルから焦点を当ててみたり(記事はこちら)、ただ単純に日本人が一種の「懐メロ」のようなものとしてビートルズを取り扱うような形ではなく、もっと真剣に彼らが60年代につくりあげてきた音楽作品を論じるため、また彼らのあまり知られていないであろうアーティステックな一面を炙り出すために、記事を作ってきました。

これはこれで記事を書くにあたって、書いている自分にとっても新たな発見があったり、また読者に新たな見方を提供できたのではないか、と我ながら感じているし(本当に読者がそう感じてくれたか知る術はありませんが)、この、ちょっと物事を逆さまから、また違った視点から見てみる、という考え方は、たくさんの音楽ギークの人生をより豊かにしてくれる重要なコンセプトだと自分は考えています。なので、ビートルズを取り上げる際には、常に「逆さま」な視点や「違う観点」という部分を大切にして記事を書くことを意識していました。

しかし、こんな話をした手前に、なぜ自分は大々的に「ビートルズ入門」と触れ込みを入れた記事を書いたのでしょうか。それは、案外ビートルズというバンドは、「知られているようで知られていない」バンドだと、最近強く感じるようになったためです。ビートルズは言わずもがな超がつくほどの有名なミュージシャンであり、現在でもCMなどで頻繁に彼らの曲が引用されるので、世代に当たっていなくとも、代表曲くらいは知っているものだと思います。だからこそ、ビートルズに関して言えば、今更彼らの代表曲をあげつらっただけの、くだらないレコメンド記事を書くのは、必要性がまったくないように思っていました。

ところがです、少し個人的な話になりますが、ある日の晩の飲みの席での出来事です。偶然音楽の話をしていたら、ビートルズの話題が立ち上り、「ビートルズの代表曲といえば」という話になりました。”Let It Be”や”All You Need Is Love”などまさに、といった名曲が出てくるなか、突然”Imagine”と聞こえました、その瞬間コレはツッコミが入るだろうなぁ、と思いましたが、なんとそのまま周りが同調するように「あぁ、それもいいよねぇ」と言うではありませんか。これに関してははっきり言って愕然としました、その場は自分も含め20代前半の集まりだったので、もしかしたら、年齢層が違えばきちっとした認識なのかもしれません。しかし少なくとも平均的な20代が集まったこの場の彼らにとっては、ビートルズの音楽もジョンレノンの音楽も、それぞれ一緒くたにされた”音楽”として認識されていたのです。

このとき初めて、ビートルズというバンドが”超”有名であることは公然の事実ではあるのだが、それでも意外と知られていない点も多いのではないか、ということに気づきました。そして、自分が「入門」的な立ち位置のビートルズ記事を書いても、そこには需要があるのではないか、とも思い始めました。それがこの記事を書くに至った、ざっとした経緯です。

まずこの記事の狙いとしてはふたつあります。ひとつは先程も述べたとおりビートルズの「入門」的な立ち位置として、この記事を一通り読めば、ビートルズの8年間の音楽的変遷が大体は理解できるようにすることです、徹頭徹尾「入門」を念頭に置いているので、彼らの素晴らしい楽曲のなかのいくつかは、残念ながら取り上げることができなかったものもあります、そこはあくまで「入門」ですので、その点についてはあらかじめ断っておきます。そしてもちろん、彼らの正しい道程をたどっていけば、”Imagine”が出てこないというのは、もはや明白です笑。

もうひとつの狙いは、音楽の文脈というもの知り、楽しんでもらうことです。どんなミュージシャンや音楽や曲にもストーリーがあります。こういうことがあって、こういうふうにして、といったように、世の中のあらゆる出来事には物語と同じように起承転結があるものです。それはビートルズにも例外はなく、今でこそ彼らの曲は単なる「名曲」や先ほども述べた「懐メロ」として残り続けていますが、そこにはたくさんのストーリーやバッググラウンドがあってこその結果なのです。この記事では、彼らの音楽を時系列で追うことによって、音楽と音楽の繋がりが織りなすストーリーを楽しんでもらうのと同時に、彼らの音楽がどういうもので、それらは時代とともにどのように変化していったのか、またどのような影響を与えたかについても言及できればと思います。

記事のボリュームがとてつもない分量になることが予想される(このまえがきだけで2000文字超え…)ので、彼らのキャリアを論じる際によく使われる前期、中期、後期という分け方でそれぞれ記事を分割しようと思います。

 

ビートルズ初期のおすすめ曲

Please Please Me|(1963)

彼らの記念すべきデビューアルバムです。時間と予算が限られていたこともあり、ほとんどの曲は一発録りで行われ、レコーディングは実質1日で終わりました。アルバム自体は大ヒットを記録し、ビートルズも有名ミュージシャンの仲間入りを果たしました。

ビートルズといえば、世界でも最も成功を収めたバンドとしてギネスブックにも認定されていますが、デビュー前にはイギリスの名門として知られるデッカ・レコードのオーディションに敢えなく落選し、地元のキャバーン・クラブでの必死の修行を経てこぎ着けたデビューシングル”Love Me Do”は当初、聴衆の反応は芳しくなかったなど、決して彼らは予定調和のように簡単な大成功を収めたのではなく、むしろその成功までの道は長く険しく、平坦ではなかったということを強調しておきましょう。何はともあれ、彼らはたくさんの挫折の末、このデビューアルバムをリリースし、有名になったのです。

Please Please Me

アルバムのタイトルソングであり、彼らのセカンドシングルです。タイトルが面白いですが、これは「どうぞ僕を喜ばしてください」といった意味で、意味の違う同じ単語を2回反復する一種の言葉遊びですね。ポールマッカートニーらしいユーモアです。

Love Me Do

彼らのデビューシングルです。まだ正式にリンゴ・スターが加入していない時期と重なっていたため、リンゴ・スターではないドラマーのバージョンがあります。

PS.I Love You

「入門」といってもこれくらいの曲は紹介しておきましょう。

 

With The Beatles|(1963)

デビューアルバムが、ほぼ一発録りで行われた生々しいライブ感を感じさせるサウンドなのに対して、このアルバムはソングライティングやアレンジ面で大きな進歩が見られる作品です。収録曲もカバー曲がまだ6曲もありますが、着々とジョンレノンとポール・マッカートニーのソングライターとしてのセンスが光ってきています、特に”All My Loving”などは今でも中後期の名曲とともに語られることがしばしばあります。

このアルバムから数年も立たないうちに、レノン=マッカートニーとして偉大な作曲家になることを誰が想像したでしょうか。

All My Loving

初期の名曲として知られています。ポールマッカートニーのボーカルとジョン・レノンのギターが絶妙ですね。

Please Mr.Postman

後にカーペンターズがカバーしたことでも有名な曲です。(カバーはこちら

 

A Hard Day’s Night|(1964)

1964年にリリースされたアルバムです。1964年といえば、ビートルズのとてつもない人気を示す偉大な記録が生まれた年でもあります。それはアメリカのビルボードチャートを上位5位すべて独占した記録です。売上の記録だけがすべてではないですが、少なくとも自分の知る限りでは、この記録を打ち破ったミュージシャンはまだ出てきていないし、おそらくこれからも出ないのではないでしょうか。

また、当時の絶大なアメリカ人気の証左として、度々あがるエピソードがもうひとつあります。それは、人気TV番組である”エド・サリバン・ショー”にビートルズが出演した際、なんと異例の視聴率70%超えを記録したことです。さらに恐ろしいことにビートルズがその番組に出演していた間の数十分間は、アメリカでまったく犯罪が起こらなかったと言われています。

今となっては、まったく信憑性に欠けるような話ですが、それほどまでに彼らの人気はあったからこそ出てきた神話と言えそうです。

A Hard Day’s Night

邦題には「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」と付けられました、もうなにを意図しているのかよくわかりません、謎すぎますね。

Can’t Buy Me Love

初期の彼らの音楽的特徴として、ジョンレノンとポールマッカートニーの主要ソングライターにおいて、非常にラブソングが多いことが挙げられます。ポールマッカートニーは後期においてもラブソングを多く書きましたが、ジョンレノンはもっと抽象的な内容を好むようになっていきました。

 

Beatles For Sale|(1964)

イギリスでのクリスマス商戦に合わせるため、急ピッチで制作されたアルバムです。ジャケットのアートワークはロンドンのハイドパークで撮影されたもので、過密なスケジュールでツアーをこなしていた彼らの疲労が伺えます。また、このアルバムがあまり彼らのキャリアにおいて話題にならない、というかほとんど話されないのも、カバー曲が多く、あくまで商業用のために制作されたからであることは言うまでもありません。アルバムのタイトルからして、なんというかやっつけ感がありますね。

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ビートルズの作品の中でも影が薄いアルバムです。というものの、このアルバムに収録されている数少ない楽曲は意外と佳曲と呼べるのが多いのも事実です、特にジョンレノンが作曲したこの曲は、初期のジョンレノンらしいシンプルで切れ味のあるロックソングに仕上がっています。

I’ll Follow The Sun

ポールマッカートニー作曲の曲です、日本でも何度かCMなどで使用されているので聴いたこともあるのではないでしょうか。ちなみに、ドラムのサウンドは実際のドラムキットを叩いたのではなく、リンゴ・スターが座りながら自分の手で足を叩いてレコーディングされました。どれだけ急いでレコーディングされたかよく分かる話ですね。

 

ビートルズ初期のまとめ

ここまでが、彼らのデビューである1962年から1964年までの、いわゆる初期に分類されるパートです。初期のサウンドの特徴は上記のおすすめ曲を聴いてもらえば分かる通り、典型的なバンド・サウンドで、この時期では、名曲”Let It Be”で使用されたピアノや”ノルウェイの森”で使用されたシタールなど、後の彼らのキャリアにおいて重要な役割を占めた楽器は登場しません。

また、スーツやマッシュルームカットなど、現在でもよく知られている彼らのアイコニックな要素がこの時期には見て取れます、これらのファッション面でのビジュアルは、主にこの初期のキャリアから由来していることがよくわかります。

上記の一部で紹介している動画の、”A Hard Day’s Night”や”Can’t Buy Me Love”はライブ映像ですが、これを見ると分かる通り、当時は黄色い声援も多くアイドル的な人気を誇っていたことが伺えます。これ以降は、ロックというジャンルが内包するアーティスト性への志向を強めていく彼らですが、そのキャリアのスタートにおいてはまったく真逆ともいえる、若者たちを主なターゲットとした、アイドル人気を獲得していたことは面白い事実です。

以上が、初期における彼らのざっくばらんとしたまとめになります。まだソングライターとしては今ひとつ脚光を浴びておらず、あくまで当時においては、非常にうまくパッケージングされたアイドルの成功物語、といったところが、彼らの概観ではないでしょうか。そこにおいて重要な役割を果たしたのが、地元リヴァプールでの下積み時代からマネージャーとして面倒を見てきたブライアン・エプスタインにほかなりません。リーゼントにレザージャケットを着ていた港町の不良を、きちんと指導して(例えば演奏が終わったら必ず一礼させるなど)初期の人気を築いたのは、間違いなく彼に依るところが大きいです。

次の記事は、中期として1965年から1967年にかけての彼らの道程を追っていきますが、その記事では「アイドルからアーティストへ」、「ブライアン・エプスタインからジョージ・マーティンへ」、「ジョージ・ハリスンの成長」、といった主要なキーワードをもとに、彼らの音楽的、人間的な変化、成長に深く切り込んでいこうと思います。

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