ビートルズのアルバム別おすすめ曲|中期編(1965~1967)

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みなさん調子どうですか、こんにちはです。

▶︎この記事は中編です、まずはこちらの前編をご覧になってください。

ビートルズ中期の概略(1965〜1967)

最重要トピック.ライブ活動からの引退

ビートルズと言えば、白黒映像で出てくるファンの熱狂的なライブシーン。初期の彼らはイギリスのロイヤルアルバートホール、アメリカのシェイスタジアム、そして日本の武道館まで、世界中のあらゆるベニューを駆け回り、ライブパフォーマンスを行なっていました。ビートルズ初期の典型的なイメージは、襟なしスーツ、リッケンバッカーのギター、マッシュルームカット、そして「ビートルズマニア」と呼ばれたその熱狂的なファンでしょう。彼女らは、ライブ中にビートルズの演奏が聴こえなくなるくらいの大きさで叫び続け、失禁しながら気絶し(バカみたいだが本当だ)、ライブが終わったあとも、まるでストーカーのように、メンバーが滞在するホテルへと押しかけました。

このような状況が長く続くのは、そう耐えられません。長いツアーによる慢性的な疲労、四六時中ファンに追いかけ回される精神的なプレッシャーから、ビートルズはほどなくして、ライブパフォーマンスに意味が見出せなくなり、この中期においてライブ活動を引退しました。これは非常に大きな決断と言えます。今でもビートルズの典型的なイメージにおいて、黄色い演奏の中ライブパフォーマンスをしているアイドル、というイメージが付いて回っているのに、実をいうと彼らはそのライブ活動から、早々に足を洗っているのです。

最重要トピック.アイドルからアーティストへ

彼らがライブ活動をやめた時、その活動に使っていた時間はそのままほぼ全て、ビートルズのスタジオワークに費やされることになりました。これによって彼らは、レコーディングなどの作品制作によりコミットできるようになり、ビートルズは自身のルネッサンスに突入することになります。

ビートルズのメンバーは、プロデューサーであるGeorge Martin(ジョージ・マーティン)とともに、ロックが内包しているアート性へと志向し、スタジオワークにおける数々の革新的な手法を発明するとともに、後に、ロックの歴史において傑作と語り継がれる創造的なアルバムを数多くリリースしました。

この中期という期間は、彼らのキャリアにおいて、アイドル的イメージからアーティスト的イメージへと脱皮する、重要な転換点だったと言えます。

最重要トピック.マネジャーの衝撃的な死

もう一つ忘れてはならないトピックがあります。それは、デビューからビートルズのマネジメントをしてきた、Brian Epstein(ブライアンエプスタイン)の死でしょう。彼は、レコード会社から指名されたただのマネージャーではありません。リバプールの伝説的なライブハウス、キャバーンクラブで演奏していた(まだスターになる前の)ビートルズを見て、一瞬で彼らに心打たれ、それ以来ずっとビートルズのマネジメントをしてきました。まさに彼らのバディであり、実際John Lennon(ジョンレノン)やPaul McCartney(ポールマッカートニー)のような天才たちがうまくやれるように仲を取りもち、陰ながらメンバーにおける精神的支柱の役割を果たしていました。

そんな彼の突然の死が陰を落とし、後々の彼らの関係性の悪化を誘発することになります。やがてその亀裂は修復不可能なものとなり、1970年の解散という悲しい結末に至ります。

 

ビートルズ中期の押さえるべき曲

Help!|(1965)

彼らの5作目のオリジナルアルバムに当たります。初期のようなバンドサウンドを残しつつ、彼らのソングライティングのセンスが光り始める頃です。時期的にも中期のスタート地点に当たりますが、アルバム全体の雰囲気はまだ初期の趣を色濃く残しており、アイドルって感じがしますね。まだライブ活動も継続していた時期なので、このアルバムの曲の多くはライブバージョンがあります(これ以降の中期のアルバムは、基本的にライブ音源がない)。

Help

テレビ「何でも鑑定団」(名前合ってるかな?)のオープニング使用曲であり、イトーヨカドーでは店内BGMで使われています。というわけで、日本人でこの曲を知らない人はいないんじゃ?レベルの有名曲です。「助けて!」と歌うJohn Lennonは、この頃から本当にフラストレーションが限界まで溜まっていたらしく、John Lennonの心の叫びが表現された、エモーショナルな曲と言えます。

Ticket To Ride

「涙の乗車券」という珍しくまともな邦題がつけられた、John Lennonによるラブソング。アウトロの感じが好き。

 

Rubber Soul|(1965)

The Beach Boys(ビーチ・ボーイズ)のマスターピース、Pet Sounds(ペットサウンズ)に触発されて制作されたアルバムです。またBob Dylan(ボブディラン)やThe Byrds(バーズ)とも出会い、互いに影響を与え始めたのもこの頃から。そう言う訳で、Rubber Soulはビートルズがアメリカ的なものに強い影響を受けて作られたアルバム、と言えるでしょう。アルバム全編を通して、アコースティックな感触が強く、彼らのキャリアにおいて最もフォーキーな作風に仕上がっています。

ちなみにRubber Soulの”Rubber”とは日本語で”ゴム”を表します。黒人が、白人の演奏するロックンロールを(本来は黒人の音楽であるのに白人がマネしているので)”Plastic Soul”(まがい物のソウル)と揶揄したことにちなんで、名付けられました。随分と自虐的なタイトルですが、ここもビートルズっぽいユーモアと言えますね。

In My Life

John Lennonが自身の故郷(=リヴァプール)について歌った曲。John Lennonは言わずと知れたロックのアイコンで、スタジオに恋人と寝るためのベッドを持ち込んだり、全裸写真を公開したりと少しキチガイな、少し自由奔放すぎるイメージがありますが、こういったノスタルジックで美しい曲を書いてしまうところがまたカッコいいですね。

Michelle

ギリシャ風の曲。ベースラインの動きが面白く、Paul McCartneyのベーシストとしての腕前が垣間見えます。当時かなりヒットし、グラミー賞も受賞しました。現代においてこの曲が取り立ててピックアップされることはあまりない気がするので、ビートルズの当時と現代の評価軸はかなり違うのだなぁと実感しますね。(今では名作とされる曲が、当時はあまり評価されていなかったりしますからね。)

 

Revolver|(1966)

このアルバムから、本格的にスタジオワークに専念するようになります。収録曲の多くもライブでは再現できないような、複雑な手法を用いた楽曲が多くなってきます

また、アルバムジャケットを見ていただくとわかるのですが、このアルバムを境にサイケデリックな雰囲気が作品に表れて来ます。サイケデリックロックは彼らの次作でサウンドの軸とし、アートワークやビジュアル面でも大きな影響を及ぼすなど、重要な要素となっていきます。

Eleanor Rigby

Paul McCartneyによる名曲、Yesterday(イエスタデイ)を拡大させたような楽曲で、Yesterdayにおいて試みられたストリングサウンドをよりゴージャスにしました。

ちなみに彼らの地元リヴァプールには、タイトルである”Elenor Rigby”(エリナーリグビー)と同名人物の墓があり、そこの教会でPaul MacCartneyとJohn Lennonが出会ったと言われています。といっても、これは単なる偶然で、この楽曲にそのような意図は含まれていないとのこと。

Tomorrow Never Knows

“Revolution No.9″と並んで、The Beatlesの”ベストオブ意味不明な曲”を受賞した楽曲です。嘘ですね。といっても本当によくわからない曲で、そのよくわからなさが一部の熱狂的なファンに好意的に受け入れられているようです。

 

Sgt. Peppers Lonely Hearts Club Band|(1967)

The Beatlesが扮する架空のロックバンドがライブをやったら?というアイデアのもとレコーディングされた本作。本来、アルバムというものは「いくつかのシングル曲」の寄せ集めのようなものであり、アルバムとして、「個別的なひとつの作品」とは捉えられていませんでした。

しかし本作は、シングルの寄せ集めではなく、始まりから終わりまで一連の流れを持ったひとつの作品として作ることを目指しました。それによってこのアルバムから「コンセプトアルバム」というアルバムを通底したテーマを持った、アルバムをひとつの作品として捉える概念が生まれることになります。

このアルバムが後の音楽に与えた影響は凄まじく、音楽の価値観を転換した非常に画期的な作品と言えるでしょう(まぁ、現代はストリーミングサービスの勃興によって、一曲単位でダウンロードできるようになったので、再びビートルズ以前の価値観に逆戻りしたとも言えますが)。

ちなみに、○○誌が選ぶロックのオールタイムベストアルバムにだいたい1位選出されます(どうでもいい)。

Lucy In The Sky With Diamonds

頭文字を取ると…”LSD”というドラッグの名前になりますね。このトリビアは非常に有名ですが、あくまでこじつけで、John Lennon本人はこの事実を否定しています。

息子が描いていた絵にインスピレーションを受けたという、非常にハートフルな理由が真実です。

A Day In The Life

一曲で、John LennonとPaul McCartneyが両方ともボーカルを取っている珍しい曲です。途中のストリングスのアイデアはPaul McCartneyによるもので、突拍子もない型にはまらないアイデアを思いつくのはJohn Lennonと思われがちですが、当時最も実験精神に溢れていたのはPaul McCartneyなのかもしれませんね。

 

ビートルズ中期のまとめ

彼らの才能が最も爆発した時期だった

中期における活動を総括すると、やはりビートルズの才能やクリエイティビティが最も遺憾無く発揮された時期であり、それに伴って、のちに語り継がれるような数々の名曲、数々の名盤が生まれた時期でもあります。

アメリカではJimi Hendrix(ジミ・ヘンドリックス)のようなヒッピームーブメントで出てきたミュージシャンが、イギリスではThe Rolling Stons(ローリングストーンズ)をはじめとするブリティックインヴェイション勢のミュージシャンが次々に傑作をリリースするなど、1965年〜1967年は一般的に、ロックの黄金期とされている時代です。ビートルズはその黄金期において、ひとつの最先端で革新的なグループとして、アメリカやイギリスをはじめとする世界中で、その名を轟かせてたと言えます。

 

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